トランプ氏の「保護主義」における二つの類型

●工場現場を確保するため

 そうした国内雇用創出の一環として、米国工場競争力強化のための「保護主義」が第一の類型である。NAFTAにより米国メーカー、日独韓メーカーがこぞってメキシコに工場移転を推進している。メキシコでは急激な自動車産業の集積が起き、対米輸出が急増すると予想されている。メキシコの自動車生産台数は2010年226万台(内輸出186万台)から2016年には346万台(内輸出276万台)と輸出主体に急増しているが、主要メーカーの増産計画を足し合わせれば2020年には580万台を超えていくと予想されている。特に米国ビッグスリーは今後5年間にメキシコ生産を163万台から249万台へと86万台増やす一方、米国生産を641万台から614万台へと減らす計画となっている(ちなみに日独韓メーカーは米国生産を増やす計画)。この米国からの自動車生産の大脱走を推進している元凶のNAFTAを再交渉し、工場流出を止めようとしているのである。ローカルコンテンツ比率(原産地比率)が45%とNAFTAの62.5%よりも著しく低いTPPは米国工場の海外シフトをより強めるとの懸念が、TPP永久離脱発言の最大の根拠であろう。

●「保護主義」や関税は、かえってドル高を招く

 また国境税の創設の狙いもそれである。トランプ政権と共和党では細部に相違はあるものの、国境税は輸出に補助金を輸入にペナルティーを科すことになるわけで、米国工場の競争力向上に結びつくと期待されている。輸入が抑制され輸出が増幅されるのだから貿易赤字が減少すると考えられがちだが、1月9日のWSJ紙上で、マーチン・フェルドシュタインハーバード大学教授は、そうではないと答えている。「貿易収支は一国の投資と貯蓄のバランスで決まるのであり、国境税は直ちには投資や貯蓄には影響を与えないので貿易収支は不変である。とすれば国境税導入の効果を相殺する為替の変化が当然のこととして起きる事になり、20%の法人税、20%の国境税が創設されるとすれば、ドルは25%上昇するはずということになる」。と説明している。

 また国際経済学の泰斗であるカリフォルニア大学教授バリー・アイケングリーン氏は、「レーガノミクスと同様の諸力がドル相場を押し上げている。そうした中での関税引き上げはインフレ圧力を強め一段とドル高圧力を強めるだけである。」(1月26日ファイナンシャル・タイムズ紙)と述べている。

 つまり、通商規制や関税強化を導入したとしても、その効果は相手国通貨の下落によって相殺されてしまい、結局競争力に変化は起きない、というものがオーソドックスな経済学的理解である。実際、NAFTA再交渉を主張するトランプ氏が大統領に当選して以降、メキシコペソはほぼ20%もの急落となり、むしろメキシコ工場の競争力が強まっているのである。トランプ氏の「保護主義」的対応が米国工場の競争力強化に結びつくためには、特定の相手国の通貨安を抑制することが必要となるが、それは無理な相談である。

 いずれ以上のような正統的経済学の理解が為替市場に浸透すれば、トランプ氏の「保護主義」的対応は、より一層相手国通貨を弱めるものとなるが、それは日本円も例外ではない。日本車の強い競争力を削ぐための通商規制・関税強化などが実施されれば、それは円安要因になる。トランプ氏の「保護主義」的傾向が顕在化して以降、円高が進行したが、それは20年前の日米摩擦時代の「対日批判=円高」というパブロフの犬的、非論理的反応である。トランプ氏が恫喝しても円高にはなりえないのである。

●「保護主義」の第二の狙い、中国の封じ込め

 トランプ氏のより重要な第二の「保護主義」的類型は、これからより大規模に起きると思われる対中貿易摩擦である。それはもっぱら地政学的目的に基づくもので、その帰趨は熾烈なものになるかもしれない。民主党のシューマー上院院内総務が「トランプ大統領は公約通り中国を為替操作国と認定せよ」と求めるなど、今やワシントンは対中封じ込めの機運に満ちている。トランプ政権の国家通商会議のヘッドに指名されたカリフォルニア大学教授ピーター・ナバロ氏は、著書「米中もし戦わば-戦争の地政学」(日本語訳文芸春秋社)で共産党独裁政権の中国の覇権追求は変わりようがない事、それは必然的に米中衝突を引き起すこと、それを回避するには中国の軍事力増強の基礎である中国経済力を弱め、他方では米国国防力を増強し、未然に中国に米国覇権に挑戦する意欲をそぐことしかない、と主張している。

●米国の対中支援が、中国の増長を招いたとの認識

 ナバロ氏の主張を待つまでもなく、中国の急速な経済台頭は、米国の寛大な関与が決定的であった。図表3は米国の相手国別貿易赤字であるが、対中国赤字が5割と圧倒的である。また図表4に見るように、ここほぼ10年にわたって米国はGDP比2%の対中国経常赤字を計上し続けてきた。ナバロ氏は著書の中で「米国の対中経済関与が中国経済を成長させた。経済的関与は中国共産党の独裁権力を強め、中国の軍事力増強に資金を提供したに過ぎない」と主張しているが、それは正当な認識であろう。
 
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