企業価値に対する意識の変化~マッキンゼー『Valuation』最新版を読んで~

低金利下での無リスク利子率

 1点目は、企業価値を評価する上で最も重要な要素の一つといえる、株主資本コストについてです。資本資産評価モデル(CAPM)では、株主資本コストは次の式で求められます。
 
株主資本コスト=無リスク利子率+β×市場リスクプレミアム
 
 実務上、無リスク利子率は、その株式が上場している国が発行する期間10年の国債の利率(たとえば、日本の上場企業を評価する場合には、10年物日本国債の利率)を使用することが一般的です。『Valuation』第3版でも「期間10年の国債の利率を使用することを推奨する」と記されています。しかし、日本の10年国債の利率は現在、マイナスです。アメリカにおいても、10年国債の利率は過去の水準に比して相当に低い状況で、このような市場環境下では、株主資本コストの算定に大きな影響を与える無リスク利子率をどのように仮定すべきでしょうか。

 第6版では、2007年から2009年にかけて発生した世界金融危機に言及し、米国政府の金利引き下げ、国債買い入れ、さらに投資家の「質への逃避」行動の結果、2012年7月には米国10年債の利率は史上最低の1.5%に低下した、と説明した上で、株主資本コストの推定にあたって、金融危機前との連続性維持を困難にしている、と述べています。

 この問題に対処するため、第6版は「合成無リスク利子率」(a synthetic risk-free rate)の使用を奨めています。具体的には、期待インフレ率2.5%に、長期の平均実質利子率2.0%を加え、4.5%を合成無リスク利子率として提案しています。なお、この手法は「現在の低金利は、例外的な金融政策と質への逃避によってもたらされた一時的な異常事態であり、経済が通常に復すれば国債利率も過去の水準まで上昇する」との前提に依拠するものです。さて、おそらく2020年頃に出版されるであろう第7版では、本件をどのように解説しているでしょうか。

高成長企業の評価に関する一貫したスタイル

 2点目は、成長企業の評価についてです。第3版では「Valuing Dot.coms」という章でこれが論じられていました。第3版が執筆されたのは、おそらくITバブルが崩壊する少し前かもしれませんが、上昇を続けるドットコム企業の株価を正当化するためにユニークな手法が登場したITバブル期を経て、本書の著者らは高成長企業の評価手法をいかに変化させているのでしょうか。

 第6版ではこの点を「Valuing High-Growth Companies」という章で取り扱っています。2つの版を比べながら読んだところ、意外にも著者らの基本的な考え方は変わっていませんでした。

 どちらも、複数の成長シナリオを用意し、割引キャッシュフロー法(DCF)で評価しています。

 カギとなる概念は「Start from the Future」です。将来、対象となる市場がどの程度まで拡大するか、その中で当該企業はどの程度のシェアを獲得できるか、その結果もたらされる売上高をどのようにマネタイズして利益につなげるか、これらを実行するために必要となる投資や資本はどの程度か…このようにして、起こり得る将来の姿を推定して、価値評価を行うのです。ITバブルの前後でも一貫したスタイルを提示している点に骨太な見識を感じさせられます。

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