フィリピン新展望‐製造業発展戦略は可能か‐

◇割高な為替レートは60年代の輸入代替発展戦略の失敗に相似
 フィリピンは、天然資源の輸出ではないが、人的資源の輸出(OFW送金及びBPOサービス)で通貨ペソが上昇し、製造業の輸出競争力が抑制されている側面がある。一種のオランダ病と見なしていいのではないか。

 製造業の雇用が伸びないので、雇用環境が改善しない。国内に雇用の場がないので、海外に出稼ぎに行く。その出稼ぎ収入の送金がぺソ高をもたらし、それが製造業の輸出を抑えてしまう。悪循環である。

 経済発展の“ドライビングフォース”は製造業である。アジア諸国を見ても、発展途上国から中進国に発展する過程では、ほとんどの国で製造業の輸出が経済発展の駆動力であり、牽引力になっている。フィリピンはそれがないのである。10%成長の軌道に乗れないのは、OFW送金に由来する通貨ペソの割高な為替レートに要因があるのではないか。
 ペソ高が製造業の輸出を抑制しており、経済発展のドライビングフォースの形成を妨げている。これが10%成長を妨げているのではないか。これが筆者の仮説である。

 通貨ペソの割高な為替相場が経済発展の足を引っ張っていると考えたとき、筆者は1960年代の「輸入代替工業化戦略」の失敗を思い出す。輸入品を国産化することで工業化を図ったが、部品や設備を日本等からの輸入に依存していたため、部品・原材料を安く入手するため割高な為替レートを設定した。その結果、今度は輸出が打撃を受け、国際収支が赤字になり、経済が悪化し、80年代は「アジアの病人」と揶揄されるようになった(もちろん、輸入工業化戦略は輸入抑制が大前提であり、その失敗は割高な為替レート以外の要因もある)。(注)

(注)第2次大戦の直後、フィリピンはアジアの「先進国」と言われた。戦前は米国の植民地下で議会制民主主義の導入があり、またプランテーション方式の商業的農業(輸出向け)が発達し富を蓄積したので、1950年代は日本より所得水準が高かった。しかし、発展戦略の失敗(輸入代替工業化戦略)、それに続くマルコス政権の腐敗で経済が停滞し、80年代は「アジアの病人」と揶揄された。
 「アジアの先進国」から、「アジアの病人」へ急転落である。表1の下段に示すように、1960年代~80年代の1人当たり実質GDPの伸び率は小さい。しかし、90年代中葉から、再び高成長が始まった。ラモス政権(1992~98年)の時代に市場活用型の経済政策に転換し、外資導入や民営化が経済成長を創り出した。(拙著『走るアジア遅れる日本』第6章、日本評論社2001年参照)。

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