Industrial Upgrading: 日本の経験 ‐日本のモノづくりの進化と雇用労働改革への問題提起‐

6、日本の雇用労働改革論へのコメント(試論)

 日本の産業の質は高い。日本国民の民度、所得水準の上に成り立っているからである。これは筆者の仮説である。

 さて、日本産業の国際競争力維持のため、雇用・労働市場の改革(規制緩和)が議論されている。しかし、それは日本経済にとって正解となる方向であろうか。国際競争力の視点から見て(注、格差の倫理性を問題にしているわけではない)、企業にとっての合理性と、マクロにとっての合理性は一致するであろうか。

 1990年代以降、日本の雇用は正社員等が減り、非正規雇用が増える傾向にある。総務省「労働力調査」によると、非正規雇用の割合は1985年16.4%、1990年20.2%、2002年29.4%、2013年36.7%と上昇した。逆に、正規雇用の割合は同期間に83.6%、79.8%、70.6%、63.3%と低下した。(注、2001年以前は「労働力調査特別調査」〈各2月〉による)。最近の雇用制度改革論の方向も、この実勢の延長線上にある。

表2 雇用形態別の賃金比較        

 一方で、非正規雇用の賃金は正社員の5~6割程度の低水準である。表2に示すように、男子で比較すると、年収ベースで、正社員553万円に対し、非正規雇用は309万円である(2013年)。雇用構造が非正規雇用の方向に流れると、日本国民の生活水準が低水準化の方向に向かうことになりかねない。

 また、非正規雇用=「不安定・低賃金」という環境は、モチベーションを低下させることにならないか。その人の能力を最大限引き出せるであろうか。今の日本の非正規という雇用形態は、「労働の質」の低下につながっていくのではないか。つまり、非正規雇用の増加は「産業の質」の低下を招きかねない。

◇合成の誤謬
 筆者の仮説は、「国民の民度、所得水準の高さで産業の質が決まる」というものである。今の雇用労働改革は、長期的には日本の産業の質を低下させることにならないであろうか。所得水準の低い消費者が多数を占めるようになると、低級品で間に合わせることになり、国産品のUpgradingニーズは弱くなろう。そうなると、キャッチアップしてくる発展途上国の製品との競争力格差が縮小するばかりであろう。

 賃金の低さでは、中国が勝っている。低賃金の上に成立する産業は、中国に勝てない。低賃金の非正規雇用を増やす雇用労働改革では、中国の磁力にジリジリと引き寄せられていくのではないか。中国の磁場から出来るだけ離れた方がいいのではないか。

 国際競争力を維持するため、労働コストを削減したい。これはミクロ(企業経営)の合理性の追求であって、マクロでは「合成の誤謬」が発生することにならないであろうか。高所得(高賃金)でもやっていける産業構造、産業のUpgradingに向けたイノベーションこそ望まれる。

 日本の雇用労働市場の特徴は、かって「終身雇用・年功序列賃金」と言われてきた。これは第2次大戦前の重化学工業化の過程で編み出されたもので、これによって「熟練」が形成されたと言われる。日本は、この熟練工が産業内Upgradingのイノベーションに大きく貢献した。そして国際競争力の源泉になっている。非正規雇用は労働力の質を高めるであろうか。この点でも、問題が大きい。

 後発国のキャッチアップを考えると、産業の質を高める道こそ採るべき方途であろう。国民の所得水準を高め、労働の質を高めることが、産業の質を高める必要十分条件である。「多様な働き方」と賃金及び労働の質低下回避が両立できる工夫はないものであろうか。「多様な働き方」の追求のもと、低賃金の非正規雇用の増加をもたらす雇用制度改革は、あまりにも知恵がなさすぎる短絡的な解であって、正解にはならない。

 企業が必要な時だけ雇用できるのは、本来なら「マージナル・コスト」であり、高くなるべきではないか。欧米諸国では非正規は正社員より賃金が高いと聞く。ILOの「同一価値労働・同一賃金」の原則にも合う。

 目先の苦しみを緩和する方途は、長期的には競争力を失うという苦渋を味わうことになりかねない。長期的な視点、マクロの視点からの改革が望まれる。後発国のキャッチアップが急速な時代、労働の質を高めるシステムを考案することこそ望まれる。

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