みているものが違う

・見ているものが違う

蜂には紫外線が見えるそうです。彼らは花の蜜を嗅ぎ当てるのではなく、見つけるそうです。花の外から蜜の色が見えるというのです。蜂に見えている世界は私たちが見ている世界とは違うでしょう。ヒトの可視光線、可聴音域を超える生物には同じ世界が違って見え、聞こえるのです。

可聴音域といえば、若い人たちには聞こえるが、年配の人には聞こえなくなっている高音域を扱った、ひとばらい用の騒音製造器や、着信音が若者だけに聞こえる携帯電話が外国で製品化されています。また、年齢とともに視力が減退するのは、だれもが経験するところです。聞こえるものが減り、見えるものが減ることは、ものごとから細部が消え、全体像が把握しやすくなることでもあります。すなわち、ヒトでも若いヒトと、年配のヒトとは、多少なりとも同じ世界が違って見え、聞こえるのです。

私たちは自分の目で見たものは、そのものの真実の姿だと思ってしまいます。しかし対象物は、液体である水が固体(氷)や気体(水蒸気)にもなるように、その時々の条件や私たちの識別能力によってさまざまに姿を変えています。同じ物を同時に見る時でさえ、その人の視力などの能力や立場、潜在意識、固定観念、先入観、嗜好などによって見えるものが違ってきます。人はそれぞれに見ているもの、見えているものが違うのです。対象物には私たちが考えるような「たったひとつの真実の姿」などはなく、あなたや私の目にどう映っているかだけなのです。

とはいえ、市場に参加する人たちには共通の目的があります。誰もが安く買って、高く売りたい。輸入企業のドル買いや、輸出企業のドル売りのように片為替、差し引きネットの部分は買いか売りかのどちらか一方しかしない人たちでも、より安く買いたい、より高く売りたいと考えています。逆があるとすれば、それは利益をあえて減らす行為、特別な目的のためだと言えます。

だれもが同じ目的で集まっている市場なのですが、割高、割安の感覚は人によって違います。昨日よりは高くても、今日の安値ならよい。今日の高値でも、昨日よりは安いから、あるいは明日はもっと高くなるだろうからよい。ある価格以下なら利益が確保できるので、待つことのリスクをとるより今日の価格レンジ内ならいくらでもよい。また情報サービスや注文執行、受け渡し業務の充実などにより、価格そのものは他より多少高いのは承知の上でも、付加サービスに満足して購入する。見ているものが違うと、はっきりと高安が分かる価格においてすら、人によって高く感じたり、安く感じたりするのです。

ましてや固定レートと変動レートとの金利交換スワップや、元利金が回収できない可能性を問うクレジットリスク、転売する際の効率的な市場を保証する流動性リスクの価格への織り込み方、オプションの価格などは、客観的な目安を使っていながらも主観によって大きな幅があります。だからこそ、買いたい人ばかりに思われる市場にも必ず売る人がいて、売り一色と呼ばれるような市場にも買い手はいるのです。

私たちが客観的と考えているもの、そんなものは幻影です。私たちは客観視というものの想像はできても、客観視はできないのです。蓼食う虫も好き好き。求めるものや好みが違うと自ずから与える評価も違ってきます。人はまた、自分が見たいようにしか見ないものなのです。相場は奥が深いと言われるゆえんでしょう。市場は異なった考え方の人々が、同じ目的で集まって機能しているといえます。

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