ミャンマー 人口ボーナス再論(その2)

◇農村の貧困と関係か(仮説)
 もう一つの仮説は、農村のあまりにもの貧困の故に、出生率が低い可能性も推論できる。ミャンマーの農村は「定住人口」が少ない。ミャンマーは小作禁止政策があるため(一方、農地改革不成功)、小作人になる道が閉ざされており、農村には農地の耕作権を持たない「土地なし労働者」が多数いる。

 ミャンマー赤十字社の話によれば、農村世帯の3割~4割にも達するといわれる。彼らは農業労働者として各地を移動しており(シーズン毎に中部乾燥地帯からデルタ地域へ等)、子供を出産する機会も制約されている。「貧乏人の子沢山」といわれるが、それさえも許さない貧困である(推測)。こうした最貧困層の多さが合計特殊出生率の低さの背景かもしれない。

 通常、どの国も、農村は所得が低く、出生率が高い。都市部は教育の普及で出生率は低い傾向にある。しかし、ミャンマーは都市部で出生率の低下傾向がみられるだけではなく(各国共通)、農村部の出生率が低い可能性がある。

 確かなことは不明であるが、以上は筆者の推論である。2014年に、ミャンマーは世界人口基金の協力を得て、国勢調査を行う予定である。少子化の原因の解明は、それを待つことになろう。ミャンマー政府にも、問題意識はあるようだから、原因解明や対策はこれからであろう。

2、ミャンマーの人口ボーナス期は2005~2050年

 ミャンマーは、出生率が低いため、早くも、2005年には生産年齢人口が従属人口の2倍を超えた。そして老齢化により2倍以下に低下するのは2050年頃である。つまり、人口ボーナス期の始点は2005年、終点は2050年である(表2参照)。「人口ボーナス論」に従えば、この期間、人口構成は経済の成長要因になるということだ。ちなみに、その間、生産年齢人口は3,105万人から3,661万人に増える。

 仮に従属人口指数が低下に転じた時点を人口ボーナス期の始点とするならば、ミャンマーは1965~70年に人口ボーナス期を迎えている(従属人口指数は1960年79、65年85と上昇した後、70年84、75年83、80年68と低下)。そして、早くも2020年代前半には人口ボーナスは消える(前稿、当Web12月18日付参照)。しかし、ミャンマーは人口ボーナス始点の1960年代はネ・ウインのビルマ式社会主義の時代であり、経済は不振を極めた。また、終点の2020年代に経済成長期が終わると見るのも、早計に過ぎるのではないだろうか。

表2 ミャンマーの従属人口指数と生産年齢人口の推移

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