大恐慌時も今も、好対照の日米対デフレ政策~安倍リフレ策は実現するか~

80年前は日本がリフレ政策、米国が清算主義

各国は政策の知恵を競争し合っている。知恵のある国の経済と市場が、優位な地位を確保する。1930年代いち早く清算主義を脱し需要政策にシフトしたのは日本の高橋リフレ政策(金本位制の放棄・管理通貨制度の導入、通貨安誘導、日銀による国債引き受け)であった。1929年に勃発した世界大恐慌に前後して、主要国が金本位復帰へ動く中、日本も他国に遅れるものの、井上準之助大蔵大臣によって金解禁(1930年)を実現、そして大恐慌の最中に緊縮財政路線をとり、大不況へ陥った(嵐のさなかに雨戸をあける行為)。しかしその後、日本経済と株式は、ケインズ経済学誕生の前の「ケインズ政策」と言われる高橋リフレ政策(1931年12月~)により最も早く回復した。米国ではフーバー大統領の清算主義からルーズベルト大統領(1933年~)の需要政策への転換が遅れ、大恐慌の被害が世界で最悪となった。これには、積極的なリフレ政策を主張した、東洋経済リーダー石橋湛山(たんざん)、高橋亀吉、小汀利得(おばまとしえ)ら戦後の日本経済の指南役、エコノミストたちの活躍があった。また、当時の日銀には、井上蔵相の金融引き締めに反対であった副総裁、深井英五などもおり、その後、高橋リフレ政策を推進するブレーンになった。アメリカが深刻な大恐慌に陥る中、日本の株価は2倍に上昇するV字型回復、さらには不動産価格も上昇した。1936年の軍部のクーデター、2.26事件で、高橋大臣が暗殺されるまで、日本経済は好景気が続いた。まさしく通貨(為替)の変化⇒ 株価の変化⇒ 生産の変化という因果関連により、日本の政策と経済回復が米国に先行していたことがわかる。

図表4-6

ここで、懸念される日銀の国債引き受けについてだが、高橋大蔵大臣時代(財政による需要創造)と高橋時代以降にわけて考えるべきである。日銀の国債引き受けは、高橋大蔵大臣が反対していた軍部に軍備拡張の手段として活用され、ハイパーインフレに結びつき歯止めがなくなった。しかしそれ以前には、需要創造に働き日本経済回復にも有効に作用した。

1930年代に政策転換が遅れた米国が今、逆に政策転換の先頭を走り、政策転換が最も早かった日本では、最も政策転換に遅れている。戦前の高橋リフレを彷彿とさせる安倍自民党総裁によるリフレ政策提言が、実現されるかどうか、決定的局面である。

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