ノーリツ鋼機 西本博嗣代表取締役社長CEOインタビュー

知る人ぞ知る優良企業を目指す
“プラットホーム経営”で社会に貢献

●西本博嗣氏
ノーリツ鋼機 代表取締役社長CEO

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 ノーリツ鋼機<7744.T>は、写真処理機器(ミニラボ)の世界最大手メーカーとして、最盛期にはグローバルで過半のシェアを誇っていた。ところが1990年代半ば以降、急速なデジタル化の影響を受け、写真処理機器事業は短期間で劇的な市場縮小に直面することになった。そこで、まさに企業の存続を賭けた、根底からの事業大転換のプロジェクトがスタートした。その事業再構築を成功に導いた、西本博嗣代表取締役社長CEOに、これまでの経緯と今後の経営戦略について聞いた。

――写真処理機器からの撤退と思い切った事業再構築の経緯をお聞かせください

西本 写真の撮影から後処理までのすべての工程が、1990年代半ば以降、急速にデジタル化したということが、環境変化の大きな前提です。日本を含め先進国地域のデジタル化は急速に進展し、発展途上国でも経済水準が一定レベルを超えると、初めて手にするのがフィルム式カメラではなくデジタルカメラという状態で、事業環境が激変しました。当社は、ミニラボ(フィルムの現像からプリントに至る処理を一貫して行える写真処理機器)で当時世界シェアの過半を占めていましたが、市場環境が急激に悪化するなか、2000年代後半には“待ったなし”という状況に追い込まれました。ただ、ほとんど写真関連事業一本で成長を実現してきた企業でしたし、右肩下がりといえども、まだ売上高も利益も確保できていたので、上層部は変わろうという意識に乏しく、“まだ大丈夫ではないのか”といった展望の見切りの甘さが残っていました。

 私は1993年に新卒で入社した一社員で、海外営業を皮切りに、技術教育、販売促進、創業社長の秘書などの業務を経験しました。しかし、2004年時点で、既に一般消費者の領域ではデジタル化が浸透していたにも関わらず、社内では相変わらずプロダクトとしてフィルム式(アナログ)の話題が中心で、私にとっては強い違和感があり退職しようと決意を固めるまでになっていました。

 創業社長の秘書を勤めたご縁もあって、創業社長の娘さんと結婚することになりました。その後、いったん会社を離れ、ベンチャー事業を立ち上げるなど、外部で経営者としての経験を積みました。ノーリツ鋼機に対しては、創業家としての立場から当時の経営陣に対して様々な提言をしてきましたが、まったく変わらなかったので、2008年の株主総会で動議を出して経営陣全員に退陣して頂き、2009年に取締役、2010年からは代表取締役として直接経営に関わってきました。

――なぜ、奇跡的とも思える事業の大転換を短期間に成し遂げられたのですか

西本 もし、私が代表になったら、写真処理機器事業は無いものとして再出発しようと、かなり前から考えていました。この事業を、無理をしてまで守ろうというような考えは一切なく、どうやって現在の単一事業のみという状態から脱して、次の新たな事業に転換しようかという意識だけしかありませんでした。当時は和歌山県内に主要生産拠点を含む本社を中心として、ピーク時に1200人だった国内の従業員が、3回の大規模リストラにより、2012年には半数以下にまで減少しました。最終的には、創業の事業である写真処理機器事業を2016年2月に譲渡するに至り、現在は別の資本となりましたが営業を続けています。

 私が2010年に代表に就任したとき、2004年3月期のピーク時に900億円あった売上高は3分の1にまで減少していました。写真処理機器事業を残しながらも少しずつ需要に合わせた規模に縮小してソフトランディングさせつつ、一方で新しい事業の立ち上げやM&A(企業の合併買収)を断行するという両面を同時並行で実現していきました。比較的短期間で思い切った事業転換を実現できた背景には、創業家の理解と信頼、改革への強い決意、優秀な人材の獲得、そして幸運にも自己資金が豊富だったことが挙げられるのではないでしょうか。

――事業転換を具体的にどう進めていったのでしょうか

西本 最初はM&Aの案件を得ようとしても実績もなく、銀行や証券会社などの金融機関からは相手にされませんでした。そこで、自前で投資先を選定する能力を持ったプロの人材を獲得して、グループで新成長領域に関する調査・投資を担当し、M&Aを担う「NKリレーションズ」という会社を2009年に立ち上げました。最初に来た素晴らしいご縁が、遠隔医療支援サービスの「ドクターネット」で、そこからM&Aが加速していきました。

 とはいえ、M&Aばかりに特化して「ファンド」になるつもりはなく、しっかりと事業会社として歩みたいと思ってきました。厳密に言うと(1)既存の写真処理機器事業から転換することでの立て直し、(2)自分たちで自前の事業を立ち上げる、(3)新しい分野に進出する(M&A)――という3つを同時に進行しました。“同時に”です。

 この自前での事業の立ち上げとしては、和歌山県内の広大な土地を活用して植物工場を整備した農業系の「NKアグリ」や、バイオマーカー検査の販売を担う医療系の「NKメディコ」があります。これに先ほどの「NKリレーションズ」を加えた社名の頭にNKのつく3社が自前の新規事業です。

 遠隔医療支援の「ドクターネット」を皮切りに、チャンスがあれば良い会社を買収してきましたし、今も機会をうかがっています。ファンドではないので、予め定めたイグジットの期限もありませんし、本当に良い会社だけを対象にするという方針を貫いています。正直に申し上げて、これまでの案件に失敗はないと自負しています。事業領域が広い分野にわたるため、1社1社を見ると非常に多様に見えますが、全ての個別企業については買収前と後を比べて成長軌道が明確になっており、次第にシナジーを発揮する取り組みもできるようになりました。M&Aを始めた当初に比べると、当社の方針が少しずつ外部に浸透し、素晴らしいM&A案件の機会に恵まれるようになってきました。

――これまでのM&Aで、顕著な成長が見込める代表的な企業をご紹介ください

西本 現時点で具体的な成長ポテンシャルを感じるのは、ヘルスケアセグメントの「日本医療データセンター」です。この会社は、350万人以上という日本最大級のレセプト(診療報酬明細書)の医療ビッグデータを蓄積・保有している上に、高度なデータ解析力を持っており、保険会社・製薬会社・学術機関などから絶大な信頼を得ています。そのノウハウを用いて、個人の健康度合いを客観的に表す指標「健康年齢(R)」を開発しました。それにより、個人の健康度合いによって保険料が変わる「健康年齢連動型少額短期保険」という保険商品で認可を取得、販売を開始することができましたし、個人の健康増進を助けるための客観的なツールが提供できるようになったと考えています。また、「ユニケソフトウェアリサーチ」を中心としたチームユニケでは、主に調剤薬局向けシステムを提供しており、そこからも価値のある医療データを蓄積できるようになりました。日本では医療費の増大が大きな問題となっていますが、超高齢化や医師不足といった逆風の中でも、医療関連データを利活用することで、より健康な生活をより長く営める社会を作る一助になりたいと願っています。

 創薬セグメントの「日本再生医療」と「ジーンテクノサイエンス」は研究開発フェーズであるため現在は赤字主体ですが、これから3~5年くらいで研究開発が進捗すると見ています。特にバイオシミラー(バイオ医薬品の後発薬)の先駆者であるジーンテクノサイエンスは、多くの先発薬の特許が切れる2020年度以降、本格的に成長すると期待しています。グループ内でリストラを含めた組織再編を行っている間は、こうした足もとが赤字である企業は極めて将来性があっても、連結対象とすることはできませんでしたが、現在は将来に向けて種を蒔き、育てていける環境にあります。当初買収した10社程度は、確実に収益を上げられる安定した企業に限定していましたが、創薬事業のように将来を見据えた投資ができるようになった点は“本当に変わった”と客観的に実感することができます。マーキングペン先部材製造の「テイボー」が、ものづくり部門の柱として2015年1月にグループインしたことで、収益基盤が一層固まったことにより、よりチャレンジできる体質となりました。

――今後の買収戦略についてお聞かせください

西本 ノーリツ鋼機グループの事業ポートフォリオについて、ベースとなる安定した企業群がなければ、当然5年後、10年後の話はできませんから、これは厚みを持って保持していきます。そういう意味では、今まではあまりM&Aにおいてシナジーには固執せずに、個々の企業の堅実な利益体質と将来性を最優先に考えてきました。2017年3月期決算をもって事業セグメントを見直し、「ものづくり」、「ヘルスケア」、「創薬」、「シニア・ライフ」、「アグリ・フード」という区分に改めましたが、今後は、グループ内の事業間でのシナジー強化はもちろん、グループ外のシナジーを狙うセオリー通りの買収も視野に入れています。また、既に大きな収益源になっている医療情報領域だけでなく、アーリーステージにあるバイオ領域やAI(人工知能)をはじめとしたデジタル領域など、5年後、10年後に大きく花開くであろう本当の意味で将来性のある投資も積極化します。したがって、どの分野というよりも、全体の構造を維持しつつ足りない部分を補って強化し、シナジーを発揮する方向を目指します。

 事業の分野で言えば、人の命とか生活が豊かになるとか、そういった分野に魅力を感じます。その背景は、私の両親、祖父母が小学校から高等学校くらいまでの学生時代に相次いで亡くなったという、個人的な経験から来ていると思っていて、命の儚さを実感し、“人の命を守り、生活を豊かにする手助けをしたい”という意識は非常に強いと自覚しています。私としては、突拍子もない分野に進出してきたという印象はなく、これからも生活に密着した、広く世界中の人々に受け入れられる必需品のビジネスに関わっていきたいと思っています。

――5年後、10年後のノーリツ鋼機のイメージをお願いします

西本 ノーリツ鋼機という会社は、創業当時からあまり表に出る企業ではなくて、写真処理機器では世界一ですが、コダックや富士フイルムなど大手フィルムメーカーの裏方的なポジションで成長してきました。本当に良いものを黙々とひたむきに作り続けて、いかにして世の中に役立つことを幅広く提供するかに特化していきたいので、5年後、10年後は業績面の数値などは大きく向上し、カバーする領域は非常に広がっているものの、一般的な知名度が大きく高まらなくても、“知る人ぞ知る優良企業”になっていれば良いと思っています。

 一言で申し上げると今後は“プラットホーム経営”を目指したいと考えています。例えば比較的大きなターミナル駅を想像していただくと分かりやすいと思います。我々が事業を興したり、買収したりした企業がホームに入線してくる電車とします。ホームに入っているときに、車両数や乗降客数といった売上高や利益が増加するとします。ある企業A社がノーリツ鋼機グループというターミナル駅の何番線かのホームに停車している期間に成長して、何年か後により大きな成長を見込める場面が到来すれば、次のターミナル駅に向けて発車する企業を送り出すケースも想定しています。当然、当社の規模からして提供できるリソースには限界がありますから、それぞれの事業がステージに応じて最も適したパートナーを得ることは、否定されるものではありません。

――足もとの業績と今後の株主還元策の方針についてお聞かせください

西本 2017年3月期の業績については、資産の評価益でポジティブな業績予想修正がありましたが、事業そのものは概ね想定通りの水準で着地しました。今後も想定通りの成長軌道に乗った業績推移を実現していきたいと考えています。売上収益(日本基準における売上高)の拡大はもちろん重要ですが、どちらかといえば利益の質を重視しています。株主還元については、安定的な配当の継続的な実施をポリシーとしており、2018年3月期は業績の回復を反映し年間10円から15円へ増配を予想しています。

(聞き手・冨田康夫)

●西本博嗣(にしもと・ひろつぐ)
1970年生まれ。1993年に近畿大学商経学部卒業。同年、ノーリツ鋼機入社。2009年、取締役に就任。同年、グループにおける新成長領域に関する調査・投資を担うNKリレーションズを設立、代表取締役に就任。2010年、代表取締役社長に就任し現在に至る。

※NKリレーションズは、グループにおける新成長領域に関する調査・投資を担当しています。
※NKワークスは、ノーリツ鋼機の創業の事業である写真処理機器事業を分社化した子会社で、2016年2月に譲渡しました。

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