研究開発体制のグローバル化~タケダのケース

・日本企業のグローバル化はどこまで進むのだろうか。昨今は円安になっても、輸出は思うように伸びなくなった。かつては、安くていいものを日本で作って、世界に輸出するというのが基本パターンであった。円高によってコスト競争力を失うと海外のコストの安いところで作ろうと、多くの日本企業は工場を海外へ移した。

・日本で開発したものが、そのまま世界で売れるわけではない。現地のニーズに合ったものを生産販売する必要がある。地産地消を進める企業が増えてきた。現地に合うデザインが日本人でできるのか。エンジンまで海外で作って大丈夫なのか。日本の品質の良さは日本の工場で生まれる。それを海外で作ってよいのか。商品・サービスの強みをどこで産み出すのか。

・本物の強みをいかに作り出すのかという問いに対して、答えは多様である。その会社が有しているこれまでの強みをさらに強化するには、イノベーションの連鎖が必要である。従来の強みがどこかで破壊される可能性があるので、次のステージに向かうイノベーションに挑戦し、それを具現化していかないと、その企業のサステナビリティ(持続性)はとぎれてしまう。

・9月と10月に、武田薬品工業のクリストフ ウェバー社長と、長谷川閑史会長の話を聴く機会があった。日本の医療品会社を、どのように世界で戦える企業に変えていくのか。外国人の社長(クリストフ ウェバーCEO)を迎えて、日本企業をどこまで変身させていくのか。いくつかの論点を取り上げてみた。

・ウェバー社長は3つの点を強調した。第1は、分子生物学に時代になって、新薬の5割が大学やベンチャーから発見されており、こことの連携が不可欠である。第2は、新興市場が伸びる中で、日本市場は相対的に小さくなっており、グローバルに勝負することが求められる。第3は、タケダは新薬開発のR&Dで、絞った分野に集中し、エッジを利かせていく。そして、タケダの将来を切り開いていくと語った。

・長谷川会長は、“変化を恐れるな”という。何もしないことが日本企業にとって最大のリスクテーキングになると警鐘を鳴らす。経営トップに求められる資質、経験、知識、スキルには共通するものが多いが、タケダの場合には、1)グローバル競争を生き抜くための大型M&A、2)コアでないビジネスの整理、3)コア事業の強化、4)外部人材の導入などをやり抜く勇気や胆力と実行力が求められた。

・ノンコアビジネスの売却では、2000年から2006年までに動物薬、ビタミンバルク、化成品、食品、農業、生活環境などの分野から撤退した。いずれも儲かってはいたが、1)収益性は劣る、2)マネジメントの時間をこれらに配分するのは効率的でない、という観点で売却した。

・その時に、1)まずその分野でトップ3に入る会社と組む、2)合弁(JV)にして、5年間はその形で事業を継続し、タケダはマイノリティの資本を持つ、3)その事業にいたタケダの社員は例外なく全員移ってもらう、4)5年を経て完全撤退する、というプロセスをとった。新薬の開発企業に特化するためであるが、それ以外の事業の行く末にも十分配慮した。

・2003年に、創業家の武田國男氏から社長を引き継いだ。武田氏は、タケダを筋肉質の会社にしようと徹底した。それを受け継ぐ長谷川氏は、グローバル化を進めることが使命であると強く認識した。医療品会社の事業の根幹はR&Dにあり、がん、アルツハイマーのほか、オーファン(希少疾病用)ドラッグなど、まだ十分な治療薬がないアンメットメディカルニーズにフォーカスした。

・90年代に、4つの大型新薬(ブロックバスター)を出して、会社は大きく儲かった。しかし、いずれ特許が切れる。そうなれば、数か月でその新薬の売上高は激減する。ジェネリック医薬品が出てくるからである。

・それが分かっていたので、企業としては新しい医療品を出す必要があり、それに全力で取り組んだ。しかし、思うように新薬はでなかった。売上高の20%近くをR&Dにつぎ込んだ。大ヒットした新薬で売上高営業利益率は35%も確保したが、どこかで自家撞着に陥ったかもしれない、と長谷川会長は当時を振り返る。

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