「ピンチはチャンス~獺祭のグローバルニッチ戦略」

・すでによく知られた話かもしれないが、直接講演を聴く機会があったので、成功物語を辿ってみる。お酒は辛口がよい、ワインも辛口がよい、と長らく思っていた。自分の好みに合うとも思っていたが、そうでもないと感じたことがいくつかあった。料理に合ったワインは実にさまざまである。日本酒も、最近飲んだものはこれまでと全く違うイメージであった。甘口であったが実に美味しい。それは仙台の勝山であった。

・今回は獺祭(だっさい)である。山口県の田舎にある旭酒造の桜井博志社長の話を聴いた。錦帯橋のある岩国市から電車で40分、周防高森(すおうたかもり)から車で10分のところに旭酒造はある。

・山田錦という米を精米して、15㎏ずつ洗って、蒸して、麹室に入れる。年中38度の温度に保ち、種麹を煙のようにしてつける。1粒の米に2つ3つの種麹が付く。それを発酵室にもっていく。ここは1年中5度に保たれている。この酒蔵には小さなタンクが並んでいる。100本のタンクを年10回転させれば、1000本分の酒ができる。これは普通、杜氏(とうじ、とじ)が行う作業の5倍の生産性である、と桜井社長はいう。

・日本酒の需要はこの40年で3分の1に減った。一升瓶で980万本であったものが、335万本まで落ち込んだ。日本の高度成長が終わった時と軌を一にして、生産量も下がっていった。桜井社長は昭和59年(1984年)に先代の後を継いだ。父の後を受けて30年、旭酒造の生産量は当時の16倍、金額では40倍にまで拡大した。桜井社長は、1)経営力が優れていたわけではない、2)予測が当たったわけでもない、3)努力はしたが特別のことではない、と表現する。では成功の要因は何か。それは、失敗の中で呻吟しながら手を打ち、対応してきたことが次に結びついて、今日まできたと強調する。その時々のピンチがなかったら今はない、という認識である。

・振り返ってみると、会社が伸びた理由が6つほどある。1つ目は、業界がシュリンクしていたことである。40年で規模が3分の1になる衰退産業であったから、しがらみにしがみついていると倒れてしまう。産業が伸びる時にしがらみができ、衰退する時にしがらみはどんどん壊れていく。よって、負け組にもチャンスが出てくる。

・岩国で4位の酒蔵には廃業しかないという環境であった。そこで2つ目は、地元に市場はないので、東京に出ていくことにした。酒蔵の社長といえば、どこでも地元の名士である。しかし、地元の限界メーカーではもう帰るところもない。不退転の決意をもって、東京にしがみついた。

・3つ目は、米が十分手に入らなかった。東京で売れる酒を作るには、よい米が必要である。当時、米の調達ルートは、酒造組合が県の農協を通して、一定の秩序の中で配分されていた。東京に出す高級酒は純米大吟醸、その原料には山田錦がよい。これが手に入らない。山口経済連を通して交渉しても、上手くいかない。そこで、既存のルートと決別して、自前で調達することにした。山田錦を求めて、岡山、兵庫、九州と回った。現在、山田錦の国内生産量は38万俵であるが、そのうち旭酒造が4.3万俵を使っている。もし県のルートに頼っていたら、今の規模には発展しなかったに違いない。

・当初、大吟醸を作ると決めたが、いくら作っても美味しくない。先代からいた杜氏は、大吟醸を得意としていなかった。そこで、知り合いから兵庫県の杜氏を紹介してもらい、13年ほど働いてもらった。ここでブランドの基盤は作られた。この時のやり方がユニークである。兵庫県但馬(たじま)の杜氏も大吟醸を作ったことがなかった。静岡県工業技術センターの川村伝兵衛先生が大吟醸作りのマニュアルともいうべき研究レポートを出していたので、それに従ってやるように、と杜氏に話した。素直に対応してくれて、よい酒が作れた。今考えると65点だが当時は鼻高々であった、と桜井社長はいう。これが酒の製造プロセスに‘口を出す’というきっかけになった。それまでの杜氏の世界ではありえないことであった。

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