「日本標準ではなく、世界標準を目指す日立」

 日立製作所は1910年創業、今年で104年目を迎えた。2008年度には日本の製造業で過去最悪の7873億円の当期損失を出した。米国のGMは100周年を迎えて2年後に倒産した(チャプター11適用)。当時、日立の100周年も危うい存在となっていた。この時、川村隆会長(現在74歳)は、日立再建のためグループ会社から本体のトップとして戻ってきた。何をやったのか。川村会長の話をCGNW(コーポレートガバナンスネットワーク)で聴いた。

 2009年度の経営戦略は、守り(止血)60%、攻め40%でスタートさせた。平時ならば攻め60%、守り40%であるが、当時の事態は深刻であった。中期3カ年計画を立てるというのも無理であったから、1年間は非常事態宣言で、3カ年計画は2010年度から始めることにした。当時も全社の営業利益はかろうじて黒であったが、出血事業を止める必要があった。そこで、「総合電機」を止めると決断した。100年近く標榜してきたことを止めたのである。創業来、事業は多角化してきた。事業の核は1本足ではダメだが、10本では多すぎる。6本足でやっていくことにした。つまり、変動の大きいボラタイルな事業からは撤退することにした。

 経営改革は並列で、いくつものことを同時に進めた。大事なのはスピードであった。それまで日立時間といわれた時間感覚を、一気に取り払った。スピード重視のため、1年間だけは社長兼会長を兼務した。改革のスピードアップである。しかし、このワンマン体制は危険である、と川村会長は指摘する。まずは事業の機会損失を招くからである。トップ外交が必要な場面が多々あり、一人では手が回らずに、勝機を逃しかねない。そこで、2年目からは会長と社長を分けた。当時の常務会は32名で構成されていたが、これでは決められない。そこで、副社長を入れた6人で意思決定していくことにした。ここで構造改革を次々と実行していった。

 組織改革では、カンパニー制を導入した。本社依存のどんぶり勘定を許さないようにした。バランスシートも別にして、グループ上場企業も同列に並べた。カンパニーのトップはIRの場にも全員参加させ、機関投資家に自ら説明させた。コミットメントせざるをえないような局面に持ちこんだのである。それぞれのカンパニーにベンチマークの会社を決めた。国内の会社だけでなく、必ずグローバルな海外企業を入れた。建機事業ではコマツとキャタピラー、医療機器事業では東芝、シーメンス、フィリップスといった具合である。

 日立の連結売上高は9兆円、このうち国内売上は59%、人員は32.6万人中64%の20.7万人が国内、会社数は964社数33%の315社が国内である。海外の重要性が高まるので、世界市場を6つに分け、日本はその6地域のうち1つと位置付けた。海外企業を入れてベンチマークしてみると、日立は海外勢に比べてコスト競争力、利益率で負けていた。負けている分の5%のコスト削減に力を入れた。なぜ負けているのかを調べてみると、GEもシーメンスもキャタピラーも、10年前から収益構造改革に意欲的に取り組んでいた。日立は周回遅れになっていたと川村会長は強調する。

 例えば、英国で鉄道事業の仕事を獲得している。先行投資をして35年で回収する。英国で原子力発電にも参入する。事業をサステナブルに継続するには、5%ではなく10%の利益率は必要であると痛感したという。そこで、コスト削減5%、利益率の5%アップを目標に揚げた。日本標準ではなく、世界標準を基準にすることにしたのである。そのためには、財務体質の強化、キャシュ・フローの創出も必須であった。

 グローバルな人材戦略にも力を入れている。世界共通の育成配置プログラムを作った。人事制度をグローバルに統一して、例えば財務一級という社内処遇は世界同格ある。インドの人材をいつ日本に持ってくるかという話である。年功序列をやめているが、国内ではすぐに年次ベースの話が戻ってくる。ある人材を登用すると、彼は何年次だ、ならばうちでも何年次の誰をうんぬんという話になる。そうではない本来の成果主義をグローバルに徹底するように力を入れている。

 そのために日立はフロントランナー方式を採っている。誰かがやって全体に拡げていくやり方である。R&Dの発表会も海外から10%ほど参加をさせるようにした。すると、発表は英語になる。上手くなくても英語でやるようになる。学び直しにも力を入れている。TV事業を止めて、1000人のエンジニアに別の部署に移ってもらった。常に学び直すことを誰もが心掛ける必要がある。エンジニアリングはもちろん、英語やMBAもそうである。

 経営陣の仕事の2割は人材教育にあてる方針だ。月間200時間の20%は40時間だが、まず2日間は教育に時間を使う。様々な機会に会長自らタウンホールミーティングを行っている。いかに宣教師を増やしていくか。その意識改革が大事であるという。女性のためも含めて、メンター制度も取り入れている。将来昇進しそうな上級者に、教育的指導の仕方、やる気を引き出すコミュニケーションなどについて、指導者のサポートをつけているのである。

 財務体質では、従来30%を超えていた自己資本比率が2008年度末には11.2%まで落ちた。2009年12月に資本充実の公募増資3492億円を行っており、2012年度末には同21.2%、13年度末には24%前後に戻してこよう。S&Pの格付けも4年半かけてAマイナスまで戻してきた。それでも1990年から2013年度までの当期純利益を合計すると、やっとトントンというレベルである。

 2010~2012年度の3カ年計画でようやく会社は立ち直ってきた。社会イノベーションの軸も見えてきた。プロダクト+IT+サービスで稼ぐというビジネスモデルも明確になってきた。次の3カ年計画では、2015年度に売上高10兆円、営業利益(EBIT)7%、当期純利益3500億円、EPS 70円、自己資本比率30%を目指す。2012年度の売上高営業利益率は4.9%であったが、今回の計画でもまだ7%が目標であり、10%にはとどかない。

 コーポレートガバナンスについて、川村会長は明確な考えを持っている。経営改革を実行してみると、それはかつて機関投資家にいわれたことばかりであった。かつて、日立の経営者は投資家に言われたことを十分咀嚼しなかった。なぜかといえば、会社のこと、経営のことは、投資家より自分達が分かっていると思っていた。しかし、90年代から2000年代にかけて、欧米の同業では構造改革をやっていた。日本は6~7年ほど遅れをとってしまったという。機関投資家のマクロ観は意外に正しいので、それを尊重すべきであると川村会長は強調する。

 日立製作所は2003年6月に委員会設置会社に移行した。監督と執行の分離である。14名の取締役中社内は6名である。8名の社外取締役の中に、3名の外国人が入っている。取締役会が多様な価値観を反映するようになってきた。どうして利益率が5%しか出ないのかと真剣につっこまれる。執行役が説明しても反論される。会議は同時通訳で行っている。日英での資料作りは大変である。社外取締役の採用には高度な人材紹介会社も利用している。インドやワシントンで取締役会を催したりしている。英国の原子力会社の買収のような案件は、検討段階から取締役会に上げている。

 川村会長の話は実に論理的で明解である。スッキリ筋が通っている。機関投資家を高く評価している点には筆者も驚いた。104年前の日立の創業者は子どもに会社を継がせなかった。だから、後継者をどう選ぶかに、より客観的であってよいという考えだ。経団連の多くの会社では、社長自身が後継者を選びたいようだが、その考えに拘ってはいない。一人よがり(COMPLACENCY、自己満足)の弊害をよく知っている。日立の危機にグループ会社から呼び戻された人物である。その実行力は実にすばらしいと感じた。

 日立は次の社長を選んだ。中西社長が会長・CEOになり、東原専務が社長・COOとなる。この社長候補には3名がノミネートされ、1年間選考してきたという。米国のIBMのようなやり方である。川村会長は平時の改革を強調している。追い込まれる前に改革を進めること、そのためにはグローバル企業をきちんとベンチマークすること、その上で自らの考えと信念を持って実行することであろう。日立の組織能力は大いに高まっている。サステナブル投資に値する企業として高く評価できよう。

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