「企業価値で測れないもの」

 企業は大きくなればなるほど、社会的存在となる。自分の都合だけで行動することはできずに、さまざまなステークホールダー(利害関係者)への影響をよく考えて活動することが求められる。存在そのものが、多面的影響力を持つからである。活動の波及効果を事前によく考慮しないと、いずれ環境不適応を起こして、自己の存在が否定されかねない。

 1人の企業家のがむしゃらな思いからスタートした会社は、次第に企業としての組織活動が備わってくる。中小ベンチャーの時は、まずは目先の利益を追求する。志を大きく持っていても、投資・回収のキャッシュフローをうまく回さないと、会社は立ちいかなくなってしまう。利益追求には一定のルールがあるが、それさえ守れば、後はいかに商品・サービスを売るかである。

 簡単に金儲けの仕組みは作れない。うまくいきそうでも、顧客に訴求しなければ、宝の持ち腐れになってしまう。競争も激しいので、自分の考えるようなアイディアは、すでに誰かが先んじていると思った方がよい。しかも、目先の金儲けだけでは長続きしない。長期的に生き残って、成長していくには、顧客への価値提供が納得してもらえ、それが信用となって、リピート客になってもらうことが問われる。その証が、その会社のブランドとなっていく。

 では、企業はどのように利益の極大化を図ればよいのだろうか。そもそも、利益の極大化は必要なのだろうか。今日得られるものを根こそぎいただいてしまおうというのでは、必ずしも極大化にならない。将来得られるものを大きくするには、まず先行投資が必要である。R&Dや人材投資も速やかに実行することが求められよう。

 将来は分かりそうで分からない。常識な定義では、企業の将来キャッシュフローを現在価値に割り引いたものが企業価値であるというが、本当だろうか。価値をお金で測ろうとするのは1つの方策ではあるが、それですべてが捉えられるはずがない。価値判断は人によって異なり、何が妥当であるかは局面によって変わりうる。それでも、価格で測ろうというのが今のやり方である。市場経済は、その価格をできるだけ公正なマーケットで決めていこうとしている。

 岩井克人先生の話を聞いた。「資本主義と公共性は両立するか~契約社会から信任社会へ」というテーマであった。ミルトン・フリードマンは、CSRは株主からの盗みであるという。ジョージ・ソロスは、投資家として徹底的に自己の利益を追求するが、市民としては慈善活動を大いに行っている。いずれも、企業は株主のために総ての活動をすべきである。企業と市民はきちっと分けるべきであるという論理だ。

 しかし、マイケル・サンデルはこの考えに抵抗している。市場になじまないものが、生活の領域にも入ってきている。お金で買えないものがある。道徳はお金では買えない、と岩井先生はいう。しかし、サンデルの考えでは、フリードマンに勝てないという。なぜなら、よく生きることは普遍化できないので、説得力が弱いと指摘する。

 そこで、岩井先生は、社会全体をカバーする普遍性、基本原理として、フィデューシャリー(信任、fiduciary)を掲げる。このフィデューシャリーとは、信任(信じて任せる)、信託(信じて託す)を意味する。我々は、投資信託、信託銀行、遺言信託などを通して、このことをよく知っている。資産運用(アセットマネジメント)業務においては、フィデューシャリー・デューティ(忠実義務)が最も重視される。受託した顧客の資産を、全身全霊で顧客のために運用し、自己の利益をそこに介在させてはならない。

 岩井先生は、契約中心の社会を、もっと信任中心の社会にしていくべきだと主張する。信託においては、相手のためだけに活動する。自分の利益を追求してはならない。そこに倫理が登場する。契約というのは、自己責任に基づく自己の利益の追求である。互いが対等で、自己責任がとれるのが前提である、という。

 確かに、世のなかで自己責任といっても、通用しない場面は多い。それだけの判断をできない人が大勢いる。医者と患者、未成年、老人、障害者など、専門家とそうでない人には絶対的非対称性があると、岩井先生は強調する。そういう場面での経済活動には、信任が入らざるを得ない。

 先生は、思いやりは大事だが、普遍性を持ちえないので、それだけではだめだという。誰もが場面、局面によって弱い立場になりうる。逆に、誰でも、一定の分野の専門家になりうる。その意味で、契約中心社会を信任中心社会に変えていくことが必要であると提言する。信任が主軸で、その中で対等の関係が成り立つ時に契約社会は成立するという内包関係を考えている。

 今の企業は、何らかの社会的課題の解決に向けて、企業価値の創造を手掛けようとしている。これによって、サステナビリティを追求し、自らの存在を広げようとしている。一方で、企業価値の追求だけでは不十分な世界がある。社会的価値の追求を支える仕組みや組織が求められているのも事実であろう。
 その組織運営には何らかのマネジメントが必要である。我々は、1人ではたいしたことができない。社会の何らかの組織に関わっていく。そのなかで、信任を重視し、価値創造をする企業、組織を応援していきたい。強者の論理にも、信任(フィデューシャリー)は十分通用するはずである。

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