債務史観vs 生産性史観 その⑤

ユーロトリレンマの解消と危機からの生還

債務史観によって欧州情勢の現状を見る人々の間では、これからは過剰債務の清算という暗い時代に入るとの悲観的結論が蔓延している(たとえばケネス・ロゴフ氏など)。しかし生産性史観にもとづけば、危機は不適切な事情により成長が阻害されている事によっておこっているのであり、成長阻害要因が取り除かれることで、将来の成長が可能となる、との展望が開かれる。私は危機こそは将来の成長基盤を整えるチャンス(危機=好機)でもある、と主張したい。

危機の根本原因は財政より金融に

ユーロの最大の成長阻害要因となってきたのは、「ユーロ圏同一金利の成立による金融不全」であった。一般的にはユーロ危機の原因は財政赤字と捉えられているが、その放漫財政を許した根本原因は金融市場が適切な資源配分を果たして来なかったという機能不全にある。ユーロ発足後の10年間は、インフレ(賃金上昇)、生産性、財政節度、経済成長のどれをとっても域内不均衡が拡大の一途を辿った10年であり、それが放置されればユーロ崩壊は不可避という状況にあった。過去10年間資本は高インフレ、高成長、低生産性、財政節度の緩い南欧に向かって一方方向に流れ、バブルを作っては資本を浪費させ、域内不均衡を増長させた。

トリレンマの罠にはまったユーロ

過去10年間ユーロ圏はいわゆる「国際金融のトリレンマ」に陥っていた。図1に見るごとく1999年のユーロ発足まで相当程度の幅があったユーロ圏各国間の長期金利格差は2000年から2008年にかけて完全に消滅し、ユーロ圏内同一金利(長短ともに)が成立した。しかしよく考えればそれは経済合理性、換言すれば「国際金融のトリレンマ」という命題にそぐわないものであった。「国際金融のトリレンマ」とは①為替レート、②金利、③資本移動の3つの自由を同時には獲得できないというものである。中国のように①為替レートを人為的に定めている国は、②国内金利の自由度も放棄しないので、③資本移動を規制するしかない。また1992年のポンドショックでは、③資本移動の自由を維持しつつ、①為替レートの自由度をも維持しようとした(為替水準をEMS域内の為替変動幅2.25%に抑えようとした)イギリスは、②国内金利の自由度を失い金利急騰→リセッションという罠に陥った。結局景気を支えるために②金利の自由度を選択せざるを得ず、①為替の自由度を放棄せざるを得なかった。以降イギリスは、国内金利の自由度を優先し、為替水準(スターリングポンド)は変動相場として市場に任せることとなった。

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